大阪地方裁判所 昭和24年(タ)49号 判決
原告 寺西小十郎
被告 寺西武
一、主 文
原告と被告とを離縁する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として次の通り述べた。
原告はその妻つねとの間に子がなかつたので、訴外中尾フサの媒介によりつねとも相談の上昭和二十年五月十五日被告と養子縁組をなし、爾来同居し、同年六月頃右届出を終えたものであり、被告は右縁組をなした当初は身を謹んでいたが、(一)同二十一年六月頃になつて、原告に対し「原告家に出入する者は皆嫌だ」等の暴言を吐くようになつた。(二)その頃原告は十数代に亘る家系を有し相当の資産を擁していたので、これが財産税の申告について、その調査にかなりの手数がかかり所管官公所にも度々出頭することを要したが、被告はこれを嫌悪して心よく行わず、やむなく原告がこれをなすと、被告は自己にこれを行わしめないと言つて憤慨するばかりでなく、原告はその所有不動産を売却して租税を納付するため、種々勘案の上売却地を決定すれば、被告が縁組後日尚浅く未だその事情に通じないのにかかわらず、漫然これに反対するので、心ならずもその意に従い、被告の主張する土地を売却することにして、買主との交渉が漸く熟するや、被告は突然前言をひるがえしてその成立を妨害したために原告はその立場を失い全く面目を失墜するの羽目に立至つたこと数回に及んだ。(三)然も、被告は原告と意見が相反して一致しないときは、常に去家すると広言して同二十一年五月頃より家出すること二十数回を数え、短きは二、三日長きは五、六日にして飄然として立戻り、その帰家するに当つても、原告に対し一言の挨拶もなく、その間同二十二年二月頃被告が原告の意見に反対して家出する旨広言したので、原告は同人の居室に於て被告に対し、養親たるの面目を捨て辞を低くして、「原告は言葉が下手であるから、気にしないで許して貰いたい」と歎願したが、被告は非礼にも室内にて帽子を被り、原告が言い終るや突然立つて家出し、二、三日にして帰宅したが例によつて一言の挨拶もしなかつた。(四)同年三月頃原告は自宅で知人数人と共に囲碁の会をなさんとし、その準備のため居室内を清掃していたところ、当時被告は軽度の風邪気味にて臥床していたが突然床より起き上つて家出し、その際近所の太田多郎方に立寄り「相続人が病気であるのに碁会とは何事だ、そんなもの止めなければ家出する、原告なんか顔を見るのも嫌だ、相続なんか絶対にしてやらん」等の暴言を敢えてなした。(五)同年八月頃偶々下女が原告に対し非礼の行為をなしたので、原告は同女を叱責し、更に妻つねに対しても、その指導方について注意を促していたところ、臥床していた被告が何を思つたか臥床のまま大声にて「よい加減ぐづぐづいやらしい事をいうな」と叫び原告の言うことには耳を藉さずして「勝手なことをぬかせ」と言張り、原告はこの儘の状態で自宅にいることは一層事態を紛糾ならしめることを慮り、一時原告方の敷地内にある橋本モト方に身を避けるに至つたことがある。(六)更に被告は原告の妻と親子関係を超え、原告が同人等と時々行う庭園の草取りにも両人の関係が容易ならぬものであることを看取していたがその後、同二十三年二月頃原告が罹病して臥床したので、つねが介抱していた際、同人の年来の持病である脳貧血を起したところ、被告は手当のためとは言え事もあろうにつねを自己の居室に連れ去り、爾来右つねは原告と居室を別にし、被告の居室の隣りを自己の居室として被告と不倫の関係を続けているのであるが、右事実は民法第八百十四条第一項第三号の離縁事由に該当するものである。そこで原告は被告に対する離縁を決意して大阪家庭裁判所へこれが調停申立をなしたが、つねはその成立を妨害し、離縁訴訟を提起せんとするも被告と意を通じて同意しないので、原告はつねに対して離婚の訴を提起すると共に止むなく単独にて被告に対する離縁を求めるため本訴に及んだものである。
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として次の通り述べた。
原告主張事実中原告主張の日時に被告は原告夫婦と養子縁組をしてこれが届出をなしたこと、原告が大阪家庭裁判所へ被告に対する離縁の調停申立をなしたが不調となつたことは認めるが他は争う。
被告は昭和二十年九月十日召集解除となるや、実家に報告するに先立ち養家に帰り軍隊より持帰つた物資全部を原告に捧げ、爾来農学校卒業の知識を活用して食糧対策に腐心し、今日迄老いたる養親に仕えて孝養を尽してきたものである。元来原告は累代の素封家に生れ少年の頃両親に死別しその青少年期は何等の束縛を受けることなく、我儘一杯に育ち多くの使用人、出入の者に迎合せられたため、その専制、独善、暴君的性格は牢固として抜くべからざるものとなり、自己の周囲の者は総てその顎使に甘んずるものとの自信を深め、苟も我が意に逆えば長者と雖も反撃し、況んや妻子に対しては恰も王侯の奴隷に対するが如く、又一方経済的観念に乏しく先祖より受継いだ財宝も浪費して省みざるものである。ここで原告の主張事実について、これを言えば(一)被告は原告に対し「原告家に出入する者は皆嫌だ」等の嫌悪的暴言を吐いたことがなく、原告の許に出入する共産党系の人物があつたので原告に対する親愛の余り親子間の内輪話として「あの人は気持の悪い人だ、外の人は皆若旦那と呼ぶのにあの人だけは武さんと呼ぶ」と話したに過ぎない。(二)財産税申告に際しては、原告は病気だと称してこれが手続をなさず、被告は寺西家の財産については未だよく分らなかつたが、原告の命令があつたので一生懸命これをなし、殊に原告には負債多くこれが申告には相当手数と労力を要したものである。原告の不動産の処分についても他人が迎合的言辞を弄すれば原告は極度に恩恵的となり例えば戦後のインフレで生活に窮し、家計は火の車であつたのに、他人が原告をおだて上げた後一坪五百円で宅地を売つてくれと言えば二百円でよいと言つて独り悦に入るという風であり、これがため、被告は養母の苦悩する姿を見るにしのびず相当の価格で売却せられたらよいではないかと養母と共に慨歎したことがある。一面原告が抵当権の設定してある土地を区劃整理のため番地が変つてその抵当権の存在が不明となつているのに乗じて売却せんとするので、被告は原告の右の行為は信義に反し信用を傷けることとなるので買主に注意を促したに過ぎないのであつて、これ総て原告を思い家を思う誠意に出でたものである。(三)被告の家出の点については被告は原告の気の立つているときはその鋭鋒を避けるため、五六回実家に帰つたことがあるが、もとより原告に対して非礼の態度を採つたことがなく原告こそ機嫌の悪いときは被告が挨拶をしても返事もしないことが間々ある。(四)碁会の点についても原告は派手好みで二日掛りでその準備をなし、百十坪の広大な家を全部解放して多数の客を招待し、米がなくて困つているのに酒食を供し、当時被告は腹痛にて苦しんでいたので、多数の来客する家に居ることができず実家に帰つて養生すると言つて家を出たが余り腹痛が激しいので近所の太田多郎方に立寄つて休息した際「父の怒つた顔を見るのが嫌だ」と言つた程度であつて其他原告主張のような言辞をなしたことがない。(五)女中の非礼の点については原告の昼の弁当に卵が入つていなかつたことに端を発し原告はその女中を叱責しこれが養母に及び耳を掩わしめるような罵倒となり翌朝も蒸返して養母を責めているので、指圧療法を受けていた被告は聞くに絶えずして「お父さんいい加減に止めなさい」と止めたところ、原告は「寝間の中から親に向つて何をぬかすか」と呶鳴つたので「食う事を言うのはきたない」と諌めたところ、原告はそのまま外出し邸内の橋本モト方に至り約二カ月帰宅しなかつたのであるが、被告は養母と共にその翌日原告を迎えに行つたが、原告は養母に向い「お前は骸骨じや、けがらわしい」と罵しり食事を届ければ毒が入つていると言つて食べず、持参するなといきまくので施すに術がなかつたのである。(六)養母との不倫関係の点についてはこれ全く原告の言語道断の言掛りであつて被告の最も憤慨して止まないところであるが、被告は幼にして母を失い、養母は子なくして淋しき生活を続け横暴な夫原告に仕えて貞淑そのものの如き人であり、被告の養母を想う情はこの気の毒な母に同情したのみであつて、その母子の情を猜疑する者の品性こそ却つて憐むべきであり、養母が既に六十五歳の老齢であつてみれば弁解するも却つて滑稽である。原告はよく腹痛を起し養母に夜通し押えさせることが屡々であり、養母が原告の腹痛を看護中卒倒したので、被告が同人を抱き起し被告の部屋につれ帰つて介抱したのであつて決して不倫な行為はない。寧ろ原告が貞淑な妻を無視し、そばへも寄せつけずして順次に他に妾をおき、足立ハツなる女を自宅へ連れ帰つた程である。よつて原告の主張はすべてその理由がなく本件離縁の請求はすみやかに棄却されたい。
<立証省略>
三、理 由
その方式並に趣旨より真正に成立したものと認められる甲第二号証(戸籍謄本)によると原告とその妻つね(明治十八年二月二十一日生)は昭和二十年六月二十三日に被告と養子縁組をしている事実を認めることができる。
原告はつねが被告と離縁することに反対するため、単独で本件離縁の訴を提起しているが、養親夫婦が共に生存している場合に提起せられる離縁の訴に於て養親夫婦が共同当事者となることを要するか、即ち右は必要的共同訴訟であるか否かについては真接法文上の根拠がなく解釈上争いのあるところであるから、先ず本訴の適否を判断することとする。
現行民法は個人の意思を尊重し夫婦といえどもできる限り独立者として取扱うことを原則としているに拘らず、その第七百九十五条において、配偶者のある者はその配偶者と共にしなければ養子縁組ができない旨を定め、夫婦の一方が単独で養子縁組をすることを禁じているのは、単独の縁組は家庭不和の原因となり易いことでもあり、又養子縁組をすれば他の一方又は実子の相続分が害されるからであると解される。しからば離縁の場合はどうであろうかということを考えるに離縁原因そのものが家庭不和の原因となることは多いが、夫婦の一方のみの離縁自体が家庭不和の原因となることは比較的少なく、その半面夫婦の一方に正当な離縁事由が存在しても他の一方が同調しないときは離縁することができなく養親子関係を継続していくことが強制されるということになれば、そのこと自体も家庭内紛争の原因となるべく、その可能性に於て前の場合と軽重がないし、又夫婦の一方の離縁によつて他の一方が財産上多少の影響を受けることは免れないところであるが、そのため直接相続分が害されることはないのである。従つて家庭平和の維持とか、相続上の地位の保護という面から考察するときは、離縁の場合に前記民法の原則を譲歩させて迄夫婦の共同を強制しなければならないとするが如き実質的な理由がないのである。
民法第七百九十五条は養子となるべき者に縁組の日から養親双方間の嫡出子と同一の身分関係を取得させようとする趣旨に外ならないところ、婚姻継続中の養親の一方が、単独で離縁できるものと解するにおいては、右規定の精神に反する結果となるから、離縁にも夫婦共同の原則が適用されるとの説もあるが、養子縁組に夫婦共同の原則を採用したのは右の如く養子に養親双方の嫡出子たる身分を取得させる目的のためであると断定できるか否かについては相当疑があり、右夫婦共同の原則は養親夫婦のみについての定めではなく、養子夫婦についても、ひとしく適用される原則であることからみると、むしろ前述の如く家庭平和の維持、相続上の地位の保護等を目的としているものであつて、縁組の結果養子が養親双方間の嫡出子たる身分を取得するのは、その反射作用に過ぎないものと解するのが相当であると考えられるのである。養親子関係は実親子の如く自然の親子関係ではなく、法律の擬制による関係であるから、夫婦の一方のみがこの関係を解消して、他の一方のみとの嫡出子同様の関係が残存したとしても何等不都合が生じないのである。そしてこのように婚姻継続の夫婦の一方の嫡出子が他の一方と親子の関係がないということは嫡出子のある者が婚姻した場合に常に生ずる状態であつて、養親夫婦の一方による単独離縁の場合に特有のものではないのである。従つて嫡出子の身分の得喪というが如き事由から、離縁について迄夫婦共同の原則を適用しなければならない理由を発見することができないのである。
更に養親夫婦の一方のみについて離縁事由が存するに過ぎない等のため他の一方が離縁訴訟の提起に同調しないような場合において、養子を離縁せんとするには先ず養親夫婦が離婚するを要するということになつては、養親子関係を解消する手段として夫婦関係を解消することになり、目的より手段の方が重大な結果を来すことになるし、又離婚訴訟に勝訴して宿望の離縁訴訟を提起したが訴訟中に死亡するとか又は敗訴して夫婦関係は解消したのに肝心の養親子関係の解消ができなかつたというような本末顛倒の悲劇的な結果を来すことも考え得られるところである。従つて、離縁の訴は養親夫婦の一方のみから又は一方のみに対して提起することが許されるものと解するを相当とする。殊に本件に於ては原告は本訴の提起前にその妻つねに対して当裁判所昭和二四年(タ)第四五号を以て離婚の訴を提起し本訴と同時に口頭弁論が終結せられていることは当裁判所に顕著な事実であるから、原告の単独提起に係る本訴は少なくとも右事由によつて適法といわなければならない。
そこで弁論の全趣旨により原告主張の如き図面であることが認められる甲第三号証、証人橋本モト、藤田キミ(一部)、寺西つね(一部)、太田多郎の各証言及び原告(日時の部分を除く)被告(一部)各本人訊問の結果を綜合すると原告夫婦と被告は訴外長尾フサの仲介により養子縁組をし昭和二十年六月二十三日その届出をしたものであるが、被告が原告方で同居するようになつたのは同年九月十日頃被告の復員以来であること、原告と被告は同二十一年春財産税の納税に関して意見が衝突して以来折合が悪く絶えず反目し、被告はしばしば家出して実家に帰つたこと、ところが同二十二年二月頃原告が腹痛のため臥床したので原告の妻つねがこれを介抱していた際脳貧血になつて失心したところ被告がつねを自己の居室に抱えて行き自己の寝床に入れて看病し、訴外橋本モトより二人が一緒に寝ていては世間に変に思われると忠告されたにも拘らず被告は親子が一緒に寝ていて誰が文句を言うものかと言つて、その後引続き数日間つねを同室に置いて介抱したこと、同年三月頃女中が原告の言付に反したので原告が女中並にその監督者であるつねに対して小言を言つているのを聞いていた被告は臥床した儘で原告に向つて「よい加減にしておけ」と言つたことからいさかいを生じ、その結果原告は同邸内にある橋本モト方に約二週間身を寄せるに至つたこと、その後原告は家に戻つてからもつねの世話を受けようとせず、つねも頑固で我儘な原告の世話をする誠意がなくなり、爾来つねは原告と寝室を別にして被告の居室に接近した一室を居室とし、原告の食事は勿論のこと身の廻り一切の世話をしないで専ら被告の世話をしており原告の世話は女中任せにしていること、爾来被告は原告と同一家屋に居住しながら余り言葉も交さず原告が病気で寝ていても介抱をしようともせず自己の居室でつねと二人で夜深くまで談笑したり、花カルタ等をして興じたりしていること、被告は適齢を過ぎても結婚もせずつねと仲良くしているために使用人等にも両者が不倫な関係にあるものと疑われるようになつており、特に原告はそのように信じて煩悶と焦慮の日夜を送つていることが認定でき、右認定に反する証人藤田キミ、寺西つねの各証言並に原、被告各本人の供述は信用できないし、他に右認定を覆すに足る証拠がない。
右認定の諸事実によると原告と被告との養親子関係は破綻を来しており将来両者が融和して正常な親子の関係に復帰する見込もないから、原告と被告との間には民法第八百十四条第一項第三号にいわゆる縁組を継続し難い重大な事由があるものというべきである。
右の次第であるから、原告の被告に対する本件離縁の請求は正当としてこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の如く判決する。
(裁判官 乾久治 前田覚郎 白須賀佳男)